湘南Theoの平和のページ・ブログ

戦争と、貧困・抑圧・差別の構造的暴力がない社会実現のために!

No.697(2019.5.26)『脱原発・放射能汚染を考える』No.195より

  親友が、3・11フクシマ原発事故以来毎月二回発行しているパンフレット:

脱原発放射能汚染を考える』から、下記の注目記事を紹介します。

                     (部分転載承認済み。拡散希望です

 

f:id:syounantheo:20190521155206j:plain

(注)パンフレット全体を大きく見るには、下をクリックしてください。

                                                          ☟

                                                          No.195  

                                              hokusetunokaii.html へのリンク

                             

f:id:syounantheo:20190521152937j:plain

 規制委が「テロ対策施設が未完成なら稼働中の原発でも停める」と発表したが、それには誤魔化しがある。

 電力会社が「間に合わない」と言っているのは「テロ対策」だけでなく、重大事故の際に放射能の飛散量を抑制するための装置=フィルターベントの設置などの施設である。

 規制委が新規制基準(2013 年)から5 年、その後工事計画の審査を終えてから5 年と猶予を伸ばしてきたのは「特定重大事故等対処施設」と言われるものである。 

特定重大事故等対処施設とは何か?

 「特定重大事故等対処施設」とは、原子炉から100m 以上は離れた場所に緊急制御室を設置し、「重大事故対策」として、第2中央制御室や注水機能、そしてフィルターベントを設置にすること等。

 ところがこれを「テロ対策施設」かのように言うことで、何か非常時のように扱われてしまっている。

 問題は原発が、規制委の5 年+5 年の猶予によって「重大事故対策」がないまま再稼働を始めていることである。

 そして今回の問題は、電力会社が資金難からこれをも嫌がり、先延ばしにしようとしたが、規制委はそれは認めずに、「審査後5年の猶予」を再確認したのが今回の真相である。

 現在稼働中の原発は、新規制基準を満たしていないということである。即時停止こそ必要である。 

 「特定重大事故対処設備」については、2012年の「新安全基準検討チーム」の議事録に、過酷事故対策の基本方針として以下の内容が必須事項とされている。

① 代替最終ヒートシンク及び代替電源とその制御等。

② 格納容器の代替注水、原子炉圧力容器直下部への注水、フィルター付きベント、第二中央制御室等

 そして下図の「恒設設備を中心とした対策の概念図」が掲載されている。これを見ると、特定重大事故対処設備の中心的で重要な設備とは、「フィルター付きベント、と第二中央制御室」という事が良く分かります。

 

f:id:syounantheo:20190521152306j:plain

 

No.696(2019.5.25)「世界連邦」の提言と紹介

 恥ずかしながら、私はこの記事を見るまで、「世界連邦」の提言・呼びかけという国際的な運動を知りませんでした。

 今の国際情勢でユートピアにすぎないではないか、とも言われそうですが、ここには、日本国憲法の不戦と国際平和・協調の精神が盛り込まれており、矛盾はないと思います

 今は、一度に実現するのは現実味がないユートピアという考え方が主流ですが、国家を超えたシステムを徐々に積み上げていって、「気がついたら世界連邦と似たようなものになっていた」ということになるのも夢ではないと思います。概念の中の世界のようですが、トランプや中国に共通と(自分は)考える、覇権主義自国第一主義・武力依存政治などとは一線を画する、究極の世界だと私も思います。

 

f:id:syounantheo:20190521132302j:plain  f:id:syounantheo:20190521132303j:plain

 

   f:id:syounantheo:20190521132306j:plain f:id:syounantheo:20190521132308j:plain f:id:syounantheo:20190521132309j:plain

 

 (その前に知っておきたい事)

・世界連邦を樹立する運動は、国内でも第二次世界大戦か直後から粘り強く続けられて  きたそうです。

   

    f:id:syounantheo:20190521132305j:plain  f:id:syounantheo:20190521132304j:plain

   

 1945年12月、尾崎幸雄らが、世界連邦建設に関する決議案を帝国議会に提出しました。(ただし、廃案になった。)

・その後、世界連邦建設同盟(現在:世界連邦運動協会)など、さまざまな推進団体が発足し、活動が続いています。  

・国会では、2005年に衆院、2016年に参院で「世界連邦実現」を盛り込んだ決議が採択され、参院では、「日本国憲法の掲げる恒久平和の理念のもと、世界連邦実現への道の探求につとめる」と決議されています。

超党派国会議員でつくる「世界連邦日本国会委員会」(会長:衛藤征士郎衆院副議長)は、今月5月15日に総会を開催しました。

・顧問の伊吹文明衆院議長は、国益がぶつかり合う米中貿易摩擦に揺れる国際情勢に触れ「世界連邦の精神を確認し合うことは非常に大切」と強調。

・この日設置した政策提言機関の座長を務める長谷川裕弘・元国連事務総長特別代表や、共産、社民両党議員は国際連帯税(後述)の重要性を訴えました。

・世界連邦推進日本協議会は毎年、日本大会を開催しています。  

            f:id:syounantheo:20190521132307j:plain

今年は5月26日に東京・国際協力機構(JICA)地球ひろばで開かれます。ここでは、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)国際運営委員の川崎哲(あきら)さん(ピースボート共同代表)らが応援の講演予定です

 

 以下、『東京新聞』2019.5.20付の記事をベースに紹介したいと思います。

     

「国際連帯税」第一歩に 貧困、医療など国境超え支援

         

     f:id:syounantheo:20190521132301j:plain

 

 貧困、環境破壊、感染症など地球規模の課題に、国家の枠を超えて対応するため、国内外の団体が「世界連邦」の樹立を目指している。

 第一歩と位置づけるのが、国境をまたぐ経済活動に広く浅く課税する「国際連帯税」の普及。日本は未導入だが、少しずつ広がりを見せる。十一月に名古屋市で開催される二十カ国・地域(G20)外相会合で議論される見通しだ。 

 世界連邦は第二次世界大戦末期、広島、長崎への原爆投下で核戦争への危機感が高まる中、物理学者アインシュタインらが提唱して始まった国際的な運動。

 究極の目標は、国連を改革・強化して、すべての国や民族が参加した世界連邦という共同体を設立し、各国が軍備を撤廃して戦争をなくすこと。多くの関係者は、まず地球規模の課題を、国家を超えた制度によって解決するシステムをつくっていき、世界連邦の土台とする道筋を描く。

 その具体例が国際連帯税。フランスが二〇〇六年に導入し、韓国、チリなど十数カ国に拡大した「航空券連帯税」は国際連帯税の一種で、出国する人の航空券料金に少額(エコノミークラスで数百円程度)を上乗せする制度。導入国の利害に左右されず、国際機関ユニットエイドに拠出され、マラリアエイズなど感染症対策に活用されている。     

        f:id:syounantheo:20190521132300j:plain

 金融機関による株や債券の取引に課税する「金融取引税」も国際連帯税の一形態。欧州などで導入の動きが広がっている。

世界連邦を目指す国内団体でつくる世界連邦推進日本協議会は、日本政府への政策提言で国際連帯税の導入を訴えてきた。国際組織の世界連邦運動(WFM)も昨年七月、国際連帯税を通じて世界連邦の実現を目指すことを決議した。

 地球規模の課題に充てる資金は従来、各国の政府開発援助(ODA)が頼りだったが、出資国の国益や財政状況に左右されるリスクがある。このため新たな財源として、国際連帯税への注目が高まっている。

 世界連邦の推進団体以外でも、多くの民間団体や非政府組織(NGO)が国際連帯税の拡大を求めている。河野太郎外相は先に記者会見でG20外相会合に触れ「(国際連帯税を)しっかりと取り上げたい。さまざまな国際的な場で訴えていきたい」と明言した。

 六月の大阪市でのG20首脳会合で取り上げられる可能性も。市民社会サミット(C20)は今年四月、安倍晋三首相に手渡した政策提言書で、国際連帯税の導入を明記。民間団体・グローバル連帯税フォーラムも首脳会合の主要議題とするよう求めている。

 日本は今年一月、出国者から千円を徴収する国際観光旅客税(出国税)を導入したが、使途は訪日外国人の受け入れ環境整備。地球規模の人道的な課題に使う国際連帯税とは異なる。

 

No.695(2019.5.24)自衛官募集問題

憲法かえるのやだネット長野」のサイトよりの情報で。

https://www.himitsuyadane.com/

 f:id:syounantheo:20190519214751j:plain

自衛官募集問題を考える長野県民の会」が結成されました。

  弁護士や安保関連法に反対するママの会信州有志、憲法かえるのやだネット長野有志などで「自衛官募集問題を考える長野県民の会」を結成しました。

 県内77市町村のうち、44市町村に及ぶ自衛隊への名簿提供の実態を調べたり、見解をまとめる作業に取り組んでいます。  

f:id:syounantheo:20190519214748j:plain

・ 安倍首相は防衛大臣による名簿の紙媒体での提供要請に対し6割の市町村が閲覧にとどめていると問題視し、憲法改正を主張していますが、憲法問題を理由に紙媒体での名簿提出を行っていない自治体はありません。

 住基法は「閲覧」こそ認めていますが、名簿「提供」までは認めていません。

 市町村が紙媒体での提出ではなくて閲覧を認めるにとどめていることの理由は、個人情報保護が理由です。  

・ 2月17日の信濃毎日新聞によると、札幌市は「個人情報保護は憲法改正とは別の議論だ、仮に改正されても直ちに名簿を提出することは難しい」、大津市は「名簿の提出に条例で定める相当の理由があるかどうかが問題だ、自衛隊が明記されても対応は変わらない」などと述べています。 

・ 防衛省が名簿の提出を求める根拠とするのは、市町村が「募集に関する事務の一部を行う」と定めた自衛隊法と、市町村に「募集に関し…資料の提出を求めることができる」とする自衛隊法施行令ですが、提出に応じる義務は明記されていません。

・ 朝日新聞2月25日によると、閲覧で対応する宮城県自治体の担当者は「閲覧なら住民基本台帳法で手続きが決まっているが、名簿提出の具体的な手続きを定めた法律は見つからなかった」と困惑し、同じく宮城県のある町の担当者は「『協力を拒否』という表現はおかしい。県や民間企業にも同じように閲覧で対応しているのに、写すのが大変だからという理由で、自衛隊だけを特別扱いできない」と反論しています。

・ 3月15日の神奈川新聞によると、これまで名簿を提出していた神奈川県葉山町の山梨崇仁町長は「(法的根拠とした自衛隊法や住民基本台帳の)法令解釈に不明瞭な点がある」とし提出を取りやめる考えを示しました。 

・  自衛隊に名簿を提供している自治体は、提供している事実を公表しない傾向もあります。「自衛隊法に基づく情報提供のため、住基台帳法の公表義務はない」との見解も聞きましたが、住基台帳法が閲覧者の公表を求めるのは、市民が自分の情報がどう扱われたかを知る権利を保障するためです。  

・ 自衛隊員の採用は2014年から4年連続で計画割れですが、自衛隊にとって大きな問題は安保法制の成立で、海外の戦場に送られることへの危惧が反映しています。

 

f:id:syounantheo:20190519214750j:plain

 ・ 地方自治体が個人情報保護を求める住民の声を尊重して、地方自治の立場から閲覧にとどめていることに対し、安倍首相が憲法改正まで口にするのは、戦前の日本が国民の人権や地方自治の上に軍隊が君臨したように、とにかく個人情報を理由にするのはけしからぬ、名簿を召し出せ、地方自治や人権よりも防衛省自衛隊の要請が上だと言っているようなものです。

・ 市町村役場に問い合わせをする取り組みをすすめています。

 役場への問い合わせは、担当課が分からなくても、「自衛隊への名簿提出にかかわって」と、要件を伝えると担当課にまわしてもらえます。

  名前を名乗らなくても問い合わせ出来ます。

 問い合わせのポイントは、①自衛隊への「名簿提出」をしているか否か、②「名簿提出」している年齢、③「名簿提出」している場合、法的根拠はなにか、該当者の若者が提出を拒否したい場合、どういう対応をとるか、④「名簿提出」していない場合、該当者を抽出した名簿の「閲覧」か否か、というところになると思います。問い合わせはメールでもできます。

f:id:syounantheo:20190519214749j:plain

 

No.694(2019.5.23)天皇の政治利用

紹介 

f:id:syounantheo:20190517202933j:plain

 ”令和” の始まりに際して、この間の、アベ自民党政権歴史修正主義憲法破壊勢力は、最大限に(代替わり狂騒曲)を掻き立て、天皇を政治的に利用しつくしている。

 下記の池内了氏(総合研究大学院大 名誉教授)の論説は、それを論破していると思います。

                                                      f:id:syounantheo:20190517202929j:plain

  

                                                                

                       f:id:syounantheo:20190517202932j:plain

 

 

  ※『東京新聞』2019.5.17 コラムより、原文のまま全文。

   (注:文中の画像はすべて、当方が挿入したもので、原文とは関係ありません)

「 私は従来、このコラムでは社会的な事象で論評することを避け、専門の科学・技術に関わる地味だが重要な問題を論じるようにしてきた。しかし新元号の発表以来、この一カ月余り続いてきた天皇の代替わりに絡む一連の狂騒的な情景を見て、一言感想を記しておかねばならないと思って筆を執った次第である。

 「天皇制の歴史は、天皇の利用者の歴史」とは、林達夫が『反語的精神』の中で述べた言葉だが、

(注:画像挿入)

f:id:syounantheo:20190517204504j:plain

 天皇が「現人神」から「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」に代わり、「この地位は主権の存する日本国民の総意に基く」(以上、日本国憲法第一条)となっても、やはり本質的には政府が天皇の最大の利用者であることを示したのが、今回の代替わり騒動であったと言えるのではないか。

 新元号の決定過程に安倍首相が介入し、国書である「万葉集」から選ばれたと解説まで加えてみせたパフォーマンスは、内閣総理大臣たる自分が人々の時間までも支配していることを国民に知らしめる意図を感じさせる。

 前もって新天皇になる予定の皇太子に対して「令和」を採用すると宣言したのも、時間の支配者天皇ではなく、この自分であることを認識させるためであったのだろう。

(注:画像挿入)

f:id:syounantheo:20190517202930j:plain

   f:id:syounantheo:20190517202931j:plain

 そうして、国民に対し「平成の終わり、令和の始まり」を広く演出して、あたかも時代が大きく変わるかのように錯覚させた。

 実際、新聞やラジオやSNS(会員制交流サイト)など、全ての情報媒体は「平成の終わり」の大合唱をし、退位の「おことば」に感激して天皇の在位時代を「言祝(ことほ)ぐ」ことになった。

 災害地や激戦地などへの訪問を高く持ち上げ、退位する天皇夫妻の人柄の良さばかりに話題が集中し、天皇制についての議論は棚上げとなってしまった 天皇を利用して天皇制の論議をタブーにしたのである。

 続く「令和の始まり」を合言葉のようにして、新元号に新天皇、五年先には新札にすることまで早々と発表し、まさに「令和元年という新たな時代」に相応しく、「新憲法」になだれ込もうという魂胆が垣間見える。

 具体的には、新天皇即位後の朝見儀における「おことば」に、安倍政権による天皇利用の奥の手が仕込まれている。

 前天皇即位の際には「皆さんとともに日本国憲法を守り」とあったのが、今回は「国民に寄り添いながら、憲法にのっとり」にしていることだ。

 この「おことば」は即位の儀の前に閣議決定を経ることになっており、安倍政権がそこに改憲の意を込めている友読み取れる。

 天皇は「憲法を守る」という約束ではなく、いかなる憲法となろうと、ただ「憲法にのっとり」統合の象徴となると表明したに過ぎないのだから。

 そもそも、沖縄・辺野古の問題をはじめとして安倍首相は「寄り添う」という言葉を連発しながらまったく「寄り添う」姿勢を示さず、今やこの言葉は無意味な就職後となっているのだが、「おことば」にも使われているのは首相好みの口癖なのであろう。

 安倍首相は、「憲法九条に自衛隊を認知する条項を付け加えるだけで何ら変化はない」と言うが、実力部隊の存在を憲法に明記するのだから、九条の第一項の戦争放棄と第二項の戦力不保持の条項が空文化してしまうことは明らかである。 

 新たに売り出した「令和まんじゅう」は餡(あん)に新味を付け加えただけと宣伝するが、実はじわじわと全身に広がっていく毒を秘かに仕込んでいるようなものである

 私たちは、天皇の政治利用に対し厳しく監視しなければならないのではないか

 

f:id:syounantheo:20190517204505j:plain

 

 

 

 

No.693(2019.5.22)フクシマ事故と東京オリンピック(小出裕章 氏)論説

「罪のない人を棄民したままオリンピックが大切だ

という国なら、私は喜んで非国民になろうと思う。」

            

f:id:syounantheo:20190514211312j:plain

         f:id:syounantheo:20190514211300j:plain

 

小出裕章 氏(元京都大学原子炉実験所助教)が、昨年(2018)貴重な論説を書いておられます。

ここで、原子力村の罪深さを余すところなく究明しておられます。

東京五輪に参加する国や人々は、一方では被曝の危険を追うが、 一方ではこの国の犯罪に加担する役割を果たすことになる」と断じておられます。 東京五輪返上論の具体的・理論的な決定版です。 皆様、どう読み解かれるでしょうか? 

 

 (参考:下記ウェブサイト)

村田光兵 氏(元駐スイス大使) のサイト

http://kurionet.web.fc2.com/murata.html

 

f:id:syounantheo:20190514211257j:plain

                                    

 (注:長い論説なので、当方で勝手に、適当に画像を挿入しました。                                     

     太字等で、勝手に注記した部分もあります。)

 

フクシマ事故と東京オリンピック 

      小出 裕章(元京都大学原子炉実験所助教

 

 2011年3月11日、巨大な地震津波に襲われ、東京電力福島第一原子力発電所が全所停電となった。全所停電は、原発破局的事故を引き起こす一番可能性のある原因だと専門家は一致して考えていた。その予測通り、福島第一原子力発電所の原子炉は熔け落ちて、大量の放射性物質を周辺環境にばらまいた。日本国政府国際原子力機関に提出した報告書によると、その事故では、1.5×10 の16 乗ベクレル、広島原爆168発分のセシウム137を大気中に放出した。広島原爆1発分の放射能だって猛烈に恐ろしいものだが、なんとその168倍もの放射能を大気中にばらまいたと日本政府が言っている。

 その事故で炉心が熔け落ちた原子炉は1 号機、2 号機、3 号機で、合計で7×10 の17 乗ベクレル、広島原爆に換算すれば約8000 発分のセシウム137 が炉心に存在していた。そのうち大気中に放出されたものが168 発分であり、海に放出されたものも合わせても、現在までに環境に放出されたものは広島原爆約1000 発分程度であろう。つまり、炉心にあった放射性物質の多くの部分が、いまだに福島第一原子力発電所の壊れた原子炉建屋などに存在している。これ以上、炉心を熔かせば、再度放射性物質が環境に放出されしまうことになる。それを防ごうとして、事故から7年以上経った今も、どこかにあるであろう熔け落ちた炉心に向けてひたすら水を注入してきた。そのため、毎日数百トンの放射能汚染水が貯まり続けてきた。東京電力は敷地内に1000 基を超えるタンクを作って汚染水を貯めてきたが、その総量はすでに100 万トンを超えた。敷地には限りがあり、タンクの増設には限度がある。近い将来、東京電力放射能汚染水を海に流さざるを得なくなる。もちろん一番大切なのは、熔け落ちてしまった炉心を少しでも安全な状態に持って行くことだが、7 年以上の歳月が流れた今でも、熔け落ちた炉心がどこに、どんな状態であるかすら分からない。なぜなら現場に行かれないからである。事故を起こした発電所が火力発電所であれば、簡単である。当初何日間か火災が続くかもしれないが、それが収まれば現場に行くことができる。事故の様子を調べ、復旧し、再稼働することだって出来る。しかし、事故を起こしたものが原子力発電所の場合、事故現場に人間が行けば、死んでしまう。国と東京電力は代わりにロボットを行かせようとしてきたが、ロボットは被曝に弱い。なぜなら命令が書き込まれているIC チップに放射線が当たれば、命令自体が書き変わってしまうからである。そのため、これまでに送り込まれはロボットはほぼすべてが帰還できなかった。

 2017年1月末に、東京電力は原子炉圧力容器が乗っているコンクリート製の台座(ペデスタル)内部に、いわゆる胃カメラのような遠隔操作カメラを挿入した。圧力容器直下にある鋼鉄製の作業用足場には大きな穴が開き、圧力容器の底を抜いて熔け落ちて来た炉心がさらに下に落ちていることが分かった。しかし、その調査ではもっと重要なことが判明した。人間は8シーベルト被曝すれば、確実に死ぬ。圧力容器直下での放射線量は一時間当たり20Sv であったが、そこに辿り着く前に530あるいは650シーベルトという放射線が計測された。そして、この高線量が測定された場所は、円筒形のぺデスタルの内部ではなく、ペデスタルの壁と格納容器の壁の間だったのである。東京電力や国は、熔け落ちた炉心はペデスタルの内部に饅頭のように堆積しているというシナリオを書き、30年から40年後には、熔け落ちた炉心を回収し容器に封入する、それを事故の収束と呼ぶとしてきた。しかし実際には、熔けた核燃料はペデスタルの外部に流れ出、飛び散ってしまっているのである。やむなく国と東京電力は「ロードマップ」を書き換え、格納容器の横腹に穴を開けて掴み出すと言い始めた。しかし、そんな作業をすれば、労働者の被曝量が膨大になってしまい、出来るはずがない。

 私は当初から旧ソ連チェルノブイリ原子力発電所事故の時にやったように石棺で封じるしかないと言ってきた。そのチェルノブイリ原発の石棺は30年たってボロボロになり、2016年11月にさらに巨大な第2石棺で覆われた。その第2石棺の寿命は100年という。その後、どのような手段が可能かは分からない。今日生きている人間の誰一人としてチェルノブイリ事故の収束を見ることができない。ましてやフクシマ事故の収束など今生きている人間のすべてが死んでも終わりはしない。その上、仮に熔け落ちた炉心を容器に封入することができたとしても、それによって放射能が消える訳ではなく、その後数十万年から100万年、その容器を安全に保管し続けなければならないのである。

 発電所周辺の環境でも、極度の悲劇がいまだに進行中である。事故当日、原子力緊急事態宣言が発令され、初め3km、次10km、そして20km と強制避難の指示が拡大していき、人々は手荷物だけを持って家を離れた。家畜やペットは棄てられた。それだけでは

ない、福島第一原子力発電所から40~50km も離れ、事故直後は何の警告も指示も受けなかった飯舘村は、事故後一カ月以上たってから極度に汚染されているとして、避難の指示が出、全村離村となった。人々の幸せとはいったいどのようなことを言うのだろう。

 多くの人にとって、家族、仲間、隣人、恋人たちとの穏やかな日が、明日も、明後日も、その次の日も何気なく続いていくことこそ、幸せというものであろう。それがある日突然に断ち切られた。避難した人々は初めは体育館などの避難所、次に、2人で四畳半の仮設

住宅、さらに災害復興住宅や、みなし仮設住宅へ移った。その間に、それまでは一緒に暮らしていた家族もバラバラになった。生活を丸ごと破壊され、絶望の底で自ら命を絶つ人も、未だに後を絶たない。

 それだけではない。極度の汚染のために強制避難させられた地域の外側にも、本来であれば「放射線管理区域」にしなければいけない汚染地帯が広大に生じた。「放射線管理区域」とは放射線を取り扱って給料を得る大人、放射線業務従事者だけが立ち入りを許される場である。そして放射線業務従事者であっても、放射線管理区域に入ったら、水を飲むことも食べ物を食べることも禁じられる。もちろん寝ることも禁じられるし、放射線管理区域にはトイレすらなく、排せつもできない。国は、今は緊急事態だとして、従来の法令を反故にし、その汚染地帯に数百万人の人を棄てた。棄てられた人々は、赤ん坊も含めそこで水を飲み、食べ物を食べ、寝ている。当然、被曝による危険を背負わせられる。棄てられた人は皆不安であろう。被曝を避けようとして、仕事を捨て、家族全員で避難した人もいる。子どもだけは被曝から守りたいと、男親は汚染地に残って仕事をし、子どもと母親だけ避難した人もいる。でも、そうしようとすれば、生活が崩壊したり、家庭が崩壊する。汚染地に残れば身体が傷つき、避難すれば心が潰れる。棄てられた人々は、事故から7年以上、毎日毎日苦悩を抱えて生きてきた。

 その上、国は2017年3月になって国は、一度は避難させた、あるいは自主的に避難していた人たちに対して、1年間に20ミリシーベルトを越えないような汚染地であれば帰還するように指示し、それまでは曲がりなりにも支援してきた住宅補償を打ち切った。

 そうなれば、汚染地に戻らざるを得ない人も出る。今、福島では復興が何より大切だとされている。そこで生きるしかない状態にされれば、もちろん皆、復興を願う。そして人は毎日、恐怖を抱えながらは生きられない。汚染があることを忘れてしまいたいし、幸か不

幸か放射能は目に見えない。国や自治体は積極的に忘れてしまえと仕向けてくる。逆に、汚染や不安を口にすれば、復興の邪魔だと非難されてしまう。

 1年間に20ミリシーベルトという被曝量は、かつての私がそうであった「放射線業務従事者」に対して初めて許した被曝の限度である。それを被曝からは何の利益も受けない人々に許すこと自体許しがたい。その上、赤ん坊や子どもは被曝に敏感であり、彼らには日本の原子力の暴走、フクシマ事故になんの責任もない。そんな彼らにまで、放射線業務従事者の基準を当てはめるなど、決してしてはならないことである。しかし、日本の国はいま、「原子力緊急事態宣言」下にあるから、仕方がないと言う。緊急事態が丸1日、丸1週間、1月、いや場合によっては1年続いてしまったということであれば、まだ理解できないわけではない。しかし実際には、事故後7年半たっても「原子力緊急事態宣言」は解除されていない。国は積極的にフクシマ事故を忘れさせてしまおうとし、マスコミも口をつぐんでいて、「原子力緊急事態宣言」が今なお解除できず、本来の法令が反故にされたままであることを多くの国民は忘れさせられてしまっている。環境を汚染している放射性物質の主犯人はセシウム137であり、その半減期は30年。100年たってもようやく10分の1にしか減らない。実は、この日本という国は、これから100年たっても、「原子力緊急事態宣言」下にあるのである。  

 オリンピックはいつの時代も国威発揚に利用されてきた。近年は、箱モノを作っては壊す膨大な浪費社会と、それにより莫大な利益を受ける土建屋を中心とした企業群の食い物にされてきた。今大切なのは、「原子力緊急事態宣言」を一刻も早く解除できるよう、国の総力を挙げて働くことである。フクシマ事故の下で苦しみ続けている人たちの救済こそ、最優先の課題であり、少なくとも罪のない子どもたちを被曝から守らなければならない。

 それにも拘わらず、この国はオリンピックが大切だという。内部に危機を抱えれば抱えるだけ、権力者は危機から目を逸らせようとする。そして、フクシマを忘れさせるため、マスコミは今後ますますオリンピック熱を流し、オリンピックに反対する輩は非国民だと言われる時が来るだろう。先の戦争の時もそうであった。マスコミは大本営発表のみを流し、ほとんどすべての国民が戦争に協力した。自分が優秀な日本人だと思っていればいるだけ、戦争に反対する隣人を非国民と断罪して抹殺していった。しかし、罪のない人を棄民したままオリンピックが大切だという国なら、私は喜んで非国民になろうと思う。

 フクシマ事故は巨大な悲劇を抱えたまま今後100 年の単位で続く。膨大な被害者を横目で見ながらこの事故の加害者である東京電力、政府関係者、学者、マスコミ関係者など、誰一人として責任を取っていないし、処罰もされていない。それを良いことに、彼らは今は止まっている原子力発電所を再稼働させ、海外にも輸出すると言っている。

 

 原子力緊急事態宣言下の国で開かれる東京オリンピック。それに参加する国や人々は、もちろん一方では被曝の危険を負うが、一方では、この国の犯罪に加担する役割を果たすことになる。 

                           2018年8月23日 小出裕章

 

f:id:syounantheo:20190514211305j:plain  f:id:syounantheo:20190514211307j:plain

 

                  

        f:id:syounantheo:20190514211304j:plain

 

No.692(2019.5.21)日本のデモクラシーは、かなり重篤な病気にかかっている

 まず初めに、伊丹万作氏が敗戦直後の昭和21年にエッセイ :『戦争責任者の問題』で残した言葉を反芻。

 (次に、1997年に亡くなった映画監督・俳優・エッセイ者として活躍した伊丹十三氏の父親である、伊丹万作氏が昭和21年にエッセイで残した言葉を紹介します。)

・「戦争責任者の問題」というエッセイで、こう書いています。

・多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまさ

れていたという。・多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。

・私の知っている範囲ではおれがだましたといった人間はまだ一人もいない。

・だまされるということはもちろん知識の不足からもクルガ、半分は信念す

なわち意志の薄弱からもくるのである。

・いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかったとしたら、今度のような戦争は成り立たなかったに二」違いないのである。

・つまり、だますものだけだは戦争は起こらない。騙すものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起こらないという事になると、戦争の責任もまた、たとえ軽重の差はあるにしても、当然両方にあるものと考える日岡はないのである。

・そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な猛獣に自己の一切をゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。

・「だまされていた」といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるであろう。

・いや、現在でもすでに別のうそによってだまされ始めているに違いないのである。

 

f:id:syounantheo:20190515215625j:plain   

f:id:syounantheo:20190515215626j:plain

 

https://maga9.jp/

記事を利用、紹介する場合は、 出典「マガジン9:https://maga9.jp/」と、 署名記事の場合は著者名を明記してください。

 

 天皇の代替わりと新元号をめぐるお祭り騒ぎの中で、地味に驚愕させられたことがある。それは、新元号を発表した菅義偉官房長官がネット上などで「令和おじさん」と呼ばれ、「可愛い」「笑顔がいい」などと人気を博し、知名度を急上昇させた(らしい)ことである。

 菅氏といえば、記者の質問に対して超絶不機嫌な顔と態度でぶっきらぼうに答える姿ばかりが目に焼き付いている。だから「可愛い」という形容詞が使われたことに、まずは不意をつかれた。

 だが、それよりも驚かされたのは、彼がどうも「令和おじさん」として初めて日本国民の間に広く認知された(らしい)ということである。つまり菅氏が新元号を掲げる姿を見せるまで、その存在を知らなかった人々が大勢存在した(らしい)のである(だって、でなければ、まるで初めて表舞台に登場した人のごとく「令和おじさん」なんて命名されないですよね)。

 これはよく考えるとかなり重大な発見であり、深刻な問題だ。

 第二次安倍政権が誕生して、すでに6年以上が経過している。その間、菅氏は常に安倍内閣官房長官として、日本政府のスポークスパーソンを務めてきた。ニュース番組を見ていれば、ほぼ毎日のようにテレビに映し出される顔だ。首相の次くらいにはメディア露出度の多い政治家だと思う。

 その菅氏の存在を知らないということは、その人はほとんど日本の政治に関心がないし、ニュースを追っていないということだ。つまり安倍政権がどんな政権で、何をやってきて、何をやろうとしているのか、ほとんど知らないということであろう。

 そういう主権者が、日本には大勢いる。その実数はわからないが、少なくとも菅氏が「令和おじさん」と呼ばれ、プチブームになる程度には、政治に無関心な人がたくさんいるわけである。

 僕はこのことが、実は日本の政治の最も根本的な問題なのではないかと思っている。

 デモクラシーとは、国王や皇帝が政策や方針を決めるのではなく、主権者である民衆自身が決めるためのシステムである。それが適切に機能するためには、民衆一人ひとりがある程度政治に関心を持ち、情報を集め、勉強することが不可欠である。でなければ国の方向性や政策の良し悪しを判断したり、自分たちの代表を適切に選んだりすることなど、不可能だからだ。

 そういう意味では、今の日本の状況は、あまりにも多くの主権者が主権者としての責任を放棄した状態であると言わざるをえない。もっと厳しい言い方をするなら、「衆愚政治」に陥っているとしか言えないのではないか。

 安倍首相や自民党は、そういう状況をよく理解しているのみならず、歓迎しているのだと思う。そして人々が政治に無関心であることを、自らの権力を維持するために積極的に利用している。

 例えば、自民党が夏の選挙に向けて若者をターゲットに立ち上げた「#自民党2019」というプロジェクトには、そのことが典型的に現れている。

 このウェブサイトには、人気ゲーム「ファイナルファンタジー」のキャラクターデザインなどで知られる天野喜孝氏が描いたイケメン武士に、「第二十一代・第二十五代 自由民主党総裁 安倍 晋三」とのキャプションがつけられている。

 その厚顔無恥さに、ソーシャルメディアでは呆れる声が上がったが、首相の行為を厚顔無恥だと思う人は、政治に関心を持ち、安倍政権の危険性や酷さを知っている人である。だが、政治に関心がない人で、ファイナルファンタジーを好きな人は、ほぼ間違いなく自民党や首相に対して好感度を上げるであろう。

 そして好感度を上げる人は、好感度を下げる人よりも、たぶん多い。いや、少なくともそう睨むからこそ、自民党はこのようなサイトを立ち上げたのである。

 また、5月12日、首相はTOKIOの人たちと食事をする写真とともに、次のようなツイートをした。

 「TOKIOの皆さんと再会しました。福島 復興のために頑張ってくださっています。話に花が咲き、本当に楽しいひとときを過ごすことができました!」

 TOKIOファンのなかに菅氏を知らなかった人、つまり政治に関心がない人がどのくらい存在するかは知るすべもないが、TOKIOファンという分母が大きいことを考えれば、ここにもやはり、かなり多くの「政治無関心層」も含まれていると想定してよいだろう。彼らにとって、大好きなアイドルと仲良く写真におさまる安倍首相の好感度が上がることは、ほぼ確実だ。

 これも実に効果的なイメージ戦略であり、選挙運動だと思う。

 けれども、当然のことながら、安倍自民党が良い政治をするかどうかは、天野氏やTOKIOと仲が良いかどうかとは全く関係がない。そういう意味では、安倍自民党の戦略は、政治の本質とは全くかけ離れた部分で得点を稼ぐ「騙しの戦略」だと言える。しかし当の主権者が政治に関心を持たない「衆愚」であれば、それが詐術であることを見抜くことはできまい。

 日本のデモクラシーは、かなり重篤な病気にかかっているのだと思う。それは独裁的な首相の首をすげ替えれば治るというようなものではない。なぜなら主な病巣は、私たち主権者にあるからである。

 

 

No.691(2019.5.20)経産省前テントひろば の拡散

 

f:id:syounantheo:20190513110051j:plain

f:id:syounantheo:20190513110058j:plain

f:id:syounantheo:20190513103842j:plain

経産省前”テントひろば” の皆さん、

雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も、くじけずに頑張っています!

私は、 ”ひろば” 行動に参加したことはありませんが、別の形で気持ちを同じくして、頑張ってます。

脱原発に限らず、改憲阻止・オキナワ・軍事基地・教育・労働・生活破壊、ほか森羅万象の自民党政治に辟易とし、”不断の努力”でもって抵抗の手段を見つけて、自分にも可能な限りの行動をしています(つもりです。)

 

それで、この ”経産省前”テントひろば” の友人から、定期的にもらっているパンフレットのひとつを紹介します。

ウジャウジャ書いても、読むのがめんどくさいでしょうから、パンフをご覧ください。

 

又、この”ひろば” のネットサイトは下記のURLですので、ポチツと開いてみて頂ければ仲間たちの励みにもなると思います。

★ブログ

https://tentohiroba.tumblr.com/

 ★TW

https://twitter.com/tentohiloba

 ★アメーバブログ

https://ameblo.jp/tent-ouendan/

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

また、”さようなら原発1000万人アクション” の皆さんの最近のパンフも。https://www.facebook.com/sayonaranukes/

 

f:id:syounantheo:20190513103840j:plain

f:id:syounantheo:20190513110029j:plain

 

f:id:syounantheo:20190513112204j:plain