湘南Theoの平和のページ・ブログ

戦争と、貧困・抑圧・差別の構造的暴力がない社会実現のために!

No.740(2019.9.21)むのたけじ 氏のこと

紹介  むのたけじ 氏 について.

(注)(『東京新聞』 言わねばならないこと欄(2017/9/14)から一部引用紹介。)

 

 私には、前回のブログ(No.739:桐生悠々氏について)で書いた、桐生悠々氏の言動・行動が、あの、むのたけじ武野武治氏に重なります。

 

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 百一歳で亡くなるまで、むのたけじさんは戦争反対を叫び続けていた。 

 「ほとんどの男は、とても自分の家族、自分の女房や子供たちに話せないことを、戦場でやってるんですよ」。 

 従軍記者として目撃した戦争の醜さ、加害者の犯罪性批判が、むのさんの戦争反対の原点だった。敗戦を迎えたあと「戦意昂揚の旗振り役」だった、と自己批判し、その責任をとって朝日新聞社をやめた。その決断の潔さはよく知られている。

 そのあと、むのさんは秋田県横手市に帰郷。徒手空拳、週刊「たいまつ」を発刊。地域から日本を変えるために三十年間奮闘、休刊後も人びとを励ます文章を書きつづけ数年前に他界した。

 その精神と肉体の強靭さは、ジャーナリズム史上に燦然と輝いている。

 むのさんの終焉の地である埼玉県の市民運動グループが、協同で「むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞」が創設され、鎌田慧さん、落合恵子さん、佐高高さんなどが呼びかけ人になった。(下記FBサイトを参照ください)

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むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞 で検索も可)

https://www.facebook.com/pages/category/Journalist/%E3%82%80%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%81%91%E3%81%98%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E6%B0%91%E8%A1%86%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0%E8%B3%9E-2367388106821008/

 地域紙や出版、ドキュメンタリー映画など、地域の問題に果敢に取り組んでいるひとや集団を顕彰しようという取り組みである。「野の遺賢」に光を与えたい、というのが趣旨で、賛同する市民の浄財で運営を賄う。賞とは無縁の生涯であったむのさんに「おれが欲しかったよ」と喜んでもらえるような賞になるといいと思います。

  むのたけじ氏は、

秋田県の小作農民に家に生まれた。東京外国語学校(現、東京外国語大学)卒業。(報知新聞)記者を経て、1940年(昭和15年)(朝日新聞社)に入社、中国、東南アジア特派員となるが、従軍記者として、日本が無条件降伏した1945年8月15日、「負け戦を勝ち戦のように報じて国民を裏切ったけじめをつける」、「戦意高揚に関与した責任をとる」として自主退社した。

 

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 1948年(昭和23年)、出身地に近い秋田県横手市で週刊新聞のタブロイド

『たいまつ』を創刊、反戦の立場から言論活動を続けた。以後「休刊」の1948年(昭和53年)の780号まで出し続けた。

2016年に101歳で死去するまで、妻にも支えられて言論の大事さを訴え続けた。